My HASHI Stories

祖父母の家庭菜園から学ぶフードロス

こんにちは。ゆうかです。
今日は地方の取り組みとフードロスとの関係について私自身の経験から最近感じていることを書こうと思います。

私の母は地方出身で、祖父母の家には完全無農薬の家庭菜園があります。土地の半分が庭と家庭菜園になっていて、祖父が100%自分で作物を作っています。母が言うには、祖父や曽祖父母が畑をやっていたので、子供の頃から家の野菜を収穫できる季節に応じて食べながら生活していたので、肉や魚、乳製品以外のものをスーパーで買うことはほとんどなかったそうです。私達が祖父母の家に遊びに行くとまず収穫のお手伝いをします。冬休みに訪ねた時は、冬大根、シソ、キンカン、ジャガイモ、ネギ、ミョウガなどを採りました。収穫は夏が一番忙しく、さやえんどうやトマト、ナス、ピーマンが日に日に大きくなり、たわわに実るので、毎朝収穫して色々な料理にして食べます。今年は暖冬のせいかピーマンの収穫時期が長くなり、夏に収穫してもまた花を咲かせて実がなるので、12月頃まで収穫できました。毎日水をあげたり、肥料をあげたり、虫やナメクジが来ないようにネットを張ったりするのは手間がかかりますが、土で育てていればそこで野菜たちが生き続けてくれるのは私にとって大きな発見で、「いつまでに絶対たべなくてはいけない」という差し迫った消費期限というものは、ほぼ収穫した後に設定される感じです。もちろん、トマトが真っ赤になり大きくなりはじめると、やがて表面に亀裂がはいり美味しくなくなる可能性もありますが、太陽の光を一杯に浴びたトマトはどんな形でもスープやソースにすれば、既製品よりもフレッシュで本物の濃い味が楽しめるというものです。私は今、どちらかというと駅に近い場所でもちろん自分の家には畑はなく、スーパーから食べ物を買ってきて料理をして食べていますが、もしも地方に引っ越して畑ができるような環境に住むことができたら、フードロスに対してもっと違う見方ができるのではと思いました。なぜなら、自分で可能な範囲の作物を育てて食べれば自分でフードロスを調整することにもなるし、もしも作物が採れすぎたら近所の人にあげたり、そのまま畑に置いておいて鳥やカラスの餌にすることもできるし、残飯も畑のコンポストで再利用するから、食べ物を無駄にせず循環させることができるからです。田舎の暮らしというと、人々は不便な印象を受けますが、地産地消という言葉があるとおりその土地で採れたものをその土地の人が食べて消費すれば、運送の手間もなく「消費期限」や「フードロス」を気にすることは少ないのかもしれないと思いました!こう考えていくと、私達がすぐにできるフードロスの「まえどり」という取り組みももちろん継続してやっていきたいのですが、もっと広範囲で考えるとするならば、フードロスは私達のライフスタイルの変化によって生じている問題だと指摘することもできるのではと思います。ただ、全ての人が今すぐ田舎に移住して畑をやろう、ということは不可能なので、自分たちが今できることをやっていくことが一番大事だとは思いますが、地球にとって一番優しいことは何だろうと考える過程において、人間が自分たちの生活を利便化するために作ったシステムがフードロスというひずみを起こしているということに気づくと思います。そう考えていくと、農家さんがスーパーの要望に応えて作物を作り過ぎてしまっているとか、そんなこともあるかもしれません。今年だったか、キャベツが豊作になり過ぎて価格が下落したり、コロナ休校で牛乳が余り過ぎて皆に飲んで欲しいと政府が呼びかけをしたということがあったと思います。となると、システムがあっても、農作物は生きているものなので、地球温暖化や災害、その他気候や病気の影響を受けやすいという弱点がわかり、コントロールが難しいものに対して消費者側の自分たちがどうコントロールできるのかを改めて考える必要があると思いました。私は、フードロスを考える上で農家さんの苦労も知ったうえで活動をしていくと、食べ物に関わる全ての人の立場や思いを想像できることに繋がるし、もしかすると今よりももっといいアイデアが浮かぶ可能性もあるのではないかと思いました。
今度、祖父母の家に遊びに行った時には祖父から野菜作りの苦労話を聞いてみたいと思います!

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